Vol.15 絵が得意な少年時代から、父親の病気で医学の道へ
今回は、このコーナーで自分自身のお話をしようと思います。私は医療に携わって25年、美容医療に携わって20年です。私の母方には名古屋大学附属病院の院長になった親類がいますが、以外は医療とは無縁の家庭で育ったため、中学時代は外交官に、高校時代は建築士になるのが夢でした。
小さい頃から絵を描くのが好きで写生大会ではいつも入選して市や県の大会でもいいところまで行っていたので将来は画家になろうと思ったくらいで、高校時代にはそれを生かして建築の空間デザインをやってみたいと考えるようになりました。それが一転して医学の道を志すことになった最大の原因は父親の病気でした。
当時は現在のようなCT、MRIや気管支ファイバースコープなどの医療機器もなく、日頃から咳や痰が多かった父親は重症の肺気腫と診断され、闘病生活が始まりました。家族の一人が病気になることは大変なことですが、まして一家の主が病に倒れれば精神的経済的負担は大変なものです。しかし私はB型人間で楽観的だったせいか、父親の見舞いに行くたびに主治医の先生とすっかり親しくなって弟のように可愛がってもらいました。
この36歳の呼吸器の先生は、熱血医師を地で行くような人で医局が自宅のような生活をしていました。休日に医局に行けば机の上には本や書類が高く積まれて、床には所狭しと届け物などが置かれている、時にナースが入院患者のカルテを持って指示をもらいに来たり、電話が鳴って外来へ呼ばれたまま戻らないので私が帰ろうとしていると、汗だくになって来て 「残念!DOA(救急車で到着時死亡)が入って救急蘇生したが助からなかった、、」 当時の私はまるでテレビドラマを見ているようでした。凄い世界だなと感じると同時に私もこんな世界で生きてみたい、そして父親のように病気で苦しむ人々やその家族を救って少しでも役に立ちたいと考えるようになりました。今から30年以上前に抱いたこんな気持ちが現在の自分の出発点です。(以下次号)


